石隈利紀先生に聞く
ウェクスラー知能検査の倫理と使用者の責任
第2回 心理検査の実施・活用に際しての倫理と責任:ラポール形成
2025.01.20 インタビュー / シリーズ
第1回目では、アセスメントとしての心理検査の倫理と責任についてのお話を伺いました。第2回目からは、実際に検査を扱う専門家の方々が、心理検査を実施し活用する際の倫理と責任について、具体的にお話しいただきます。
-- 第1回目では心理検査は公的な財産であるとのお話をいただきました。第2回目からは、心理職の方が、心理検査を実施しレポートを作成するという、検査の実施に携わる具体的な場面における倫理と責任についてのお話をお聞かせください
石隈 それでは、ラポール形成・検査の実施・ケースレポートの作成という3つの場面を軸に順に話をしていきたいと思います。
-- ありがとうございます。では、ラポールについてのお話からお願いします
石隈 検査実施の流れを具体的にイメージしながらラポールについて考えてみましょう。まず、WISCであれば子ども、WAISであれば大人の方が当然当事者で主役なわけですよね。当事者の方たちが、例えば教育センターに検査を受けに来た際、検査を受ける本人だけではなく保護者の方も含めて「何故ここに来たのか」を理解している場合とそうでない場合があるのではないでしょうか。
-- 検査を受けに来られる方には、様々な背景がありますからね
石隈 そのことを踏まえて、検査に子どもが来たときにもそこが十分、十分というところが難しいですけど、保護者も含めて丁寧に理解していただくということが、第一です。心理職は、その方のウェルビーイングのお手伝いをさせていただいているという意味では、当事者の方と一緒に検査を担当しているのです。今の医療の世界ではシェアード・ディシジョン・メイキング、共同の意思決定と言われていることです。検査の意義、何のためにやるか、どのようにやるか、どんな検査なのかということをお伝えするということが検査を実施するに際しての第一歩なのです。
-- 検査を始めるに際しては、共同の意思決定が大切だということですね
石隈 そうです。では次に検査を実際に行う中でのラポール形成についてお話ししたいと思います。カウンセリングや面接を通した支援を中心に行っている心理職の方は、ラポールというと少しずつクライエントの方と信頼関係を築いていく、深めていくということをまずイメージされるのではないでしょうか。そのことはもちろん大切なのですが、心理検査の実施に際しては、検査を受けに来られた方と半年、1年かけて信頼関係を作ってじゃあ検査をしましょうというわけにはいきませんよね。
-- そうですよね
石隈 検査を実施するまさにその場面において、検査者と検査を受けに来られた方の間での信頼関係が必要です。それこそが、検査を実施するためのラポールなのです。そう考えると、検査実施に際してのラポールは、短い時間、限られた時間で築かなくてはならないということでしょうかね。そこには、検査を実施する・受けるという立場での人間関係における信頼と、検査を実施するという一連の作業における信頼があると思っています。
-- 人間関係と作業における信頼とは具体的にはどのようなことでしょうか
石隈 人間関係における信頼とは、この人となら一緒に検査を行ってもよいという安心です。例えばWISC-Vを受ける子どもに、この検査はまあ楽しくはないかもしれないけれども、自分のためではあるらしいと、自分の敵ではないような先生が目の前で提案しているし、親からも学校からも勧められたし、検査をする先生を信頼してまあ付き合ってあげるかと思ってもらうことでしょうかね。
-- 作業における信頼とはどういうことですか
石隈 作業における信頼とは、この検査だったら受けてもいいという安心です。専門家との相談や検査を通して、自分の課題を解決できるかもしれないという信頼感とも言えます。したがって、検査を初めて受けて、どう説明を聞いて、自分の課題に役立ったかという経験も、検査という作業への信頼に関係します。心理検査の作業には、検査を実施する一連の手続きも含まれます。標準化された心理検査は限られた時間で、手続きに従って実施しなければなりません。例えばWISC-Vでは、すぐに結果を教えてはいけないし、うまくいったときに「そうだよ」というのがヒントになるといけないので、子どもとの距離感がとても大事なんです。
-- 距離感が大切とのこと、よろしければ先生が実際に工夫されていたことなどあれば教えてください
石隈 そうですね。検査を受けることが、自分にとって大切だと思ってもらうように心がけていました。検査実施の際に「ごめんね、私、答えを教えることはできないから。でも、あなたが一生懸命やってくれるとうれしいし、どんな結果だったか、これがどんな意味を持って、あなたにどんなふうにプラスになるのか、一緒に考えて、後できちんと説明するからね。検査中はちょっと冷たく見えるかわからないけど」のような話をしていました。
-- ありがとうございます。検査実施に際してのラポールは、カウンセリングなどで築くラポールとは異なるところもあり特徴的ですね
石隈 そういった意味では、対象のお子さんに対してカウンセリング中心にずっと面接を担当されている方が、検査実施には役割や距離感が大切なので、他の心理職の方にWISCをとってもらおうと考えることはあってもよいと思います。
石隈 ただし、カウンセラーだから検査をとる人ではないというのとは、ちょっと違うと思っています。私はアメリカの小学校でスクールサイコロジストのインターンとして働いてきましたが、同じ子どもさんに、検査も実施していましたし、カウンセリングも行っていました。心理職はテスターでもなくカウンセラーでもなくサイコロジストだと私は思っております。ですから、両方行うことは、私にとって矛盾ではありませんでした。ただ検査実施の際にはきちんと距離を置いて、人間関係だけではなく、実施の手続きを含む検査を行うという作業に対しての信頼関係を作り直すということは常に意識していました。
-- 心理検査実施におけるラポール形成についてわかりやすくお話しいただきありがとうございました。
石隈 利紀 先生
東京成徳大学応用心理学部・大学院心理学研究科特任教授 筑波大学名誉教授
日本公認心理師協会副会長 学校心理士認定運営機構理事長
日本版WISC-V刊行委員会 日本版WAIS-IV刊行委員会