杉下守弘先生に聞く
MMSE-J精神状態短時間検査 改訂日本版

~原版との等価性・施行の留意点~

2022.09.26 インタビュー


MMSE-J精神状態短時間検査 改訂日本版(以下、MMSE-J)は、米国PAR社より出版されているMini-Mental State Examination(以下、MMSE)の日本版です。本シリーズでは、MMSE-J作成者である杉下守弘先生へのインタビューを紹介してまいります。


--MMSE-Jは認知症スクリーニングの検査として国際的に利用されているMMSEの日本版です。「J」は、MMSEの日本版であることを伝える「Japanese」を意味しています。 本インタビューでは、MMSE-Jについての「原版との等価性」「施行の留意点」という点に焦点をあててお話を伺いたいと思います

杉下 「等価性」という言葉ですが、わかりやすく言いますと、検査の内容が原版と同じかどうか、そして難易度が原版と等しいかということです。昨今の日本における心理検査の開発ですが、日本オリジナルのものを世界に広めるというのではなく、国際的に使われている検査の日本版を作るというのが流れだと思っています。



-- MMSE-Jも原版であるMMSEの日本版ですからそうなりますね

杉下 MMSEは認知症スクリーニング検査ですが、認知症については、各国の製薬会社が様々な薬の開発を進めており、開発過程の治験研究において使用される検査のひとつです。治験研究においては、特定の国だけではなく、どの国においても共通な効果が得られる国際基準を担う検査を用いての検証が必要です。学術論文においても様々な研究発表がなされている検査であるということですね。

-- どの国においても共通の効果が得られるということは、日本版も国際基準を担う検査であるということですね

杉下 私見ですが、日本人は日本版作成に際し、よいものを作りたいという気持ちが強く、言い方はちょっと強いかもしれませんが、原版よりも鋭敏な検査を作ってしまう傾向がみられるような気がします。これは私自身への戒めでもあり、どこまで許容されるのか、その是非は難しいところですが、国際基準を担う検査であるからには、様々な配慮が必要なのです。

-- 「MMSE-J使用者の手引」の序に、「MMSE-Jは原版MMSEとの等価性を重視し、忠実な翻訳と適切な文化適応を行い作成された」という記載がありますが、まさにこのことなのですね

杉下 はい。等価性を考慮するに際し重要になってくるのが標準化です。標準化というと、信頼性・妥当性の話だと思われる方が多いと思いますが、まずは実施や採点において、「教示を一定にする」「採点をしっかりする」こと、これらが原版と一致しているかがとても大切です。

-- 教示と採点は、検査者に意識していただきたいことであり、本日の話題の施行の留意点につながるお話ですね

杉下 教示と採点が原版と同じように保たれてこそ、国際基準を担い、信頼性・妥当性のある結果が得られるのです。教示については検査者任せという考え方もありますが、統一化しようというのが世界の趨勢です。原版MMSEも、2001年版から教示の統一化が図られており、MMSE-Jは原版の教示に従って作成しています。

-- 教示や採点の方法など、日本版としてMMSE-Jを作成するに際し、ご苦労された点などを教えてください

杉下 英語を日本語に直訳すると、複雑なセンテンスなどは1.5~2倍と長くなってしまいます。英語からフランス語だとさほど長さは変わらないようです。さらに、日本語の場合、例えば「機会と機械」のように同音異義語が多く、アクセントだけでは補えない場合もあるので、教示が長くなってしまいがちなのです。言葉足らずにならないようわかりやすく、同音異義語などにも配慮した教示とするのに苦労しました。MMSE-Jの場合は、原版よりも教示が長くても1.3倍くらいにとどめるようにしました。



-- 教示の長さは検査時間にも関わることですし、MMSE-Jの対象者の多くはご高齢の方ですから、わかりやすくはとても大切ですね

杉下 その点については、教示における「私」や「あなた」などの一人称、二人称の使い方には気を使っています。ご高齢で理解力が低下している方たちに対して、きちんと注意を喚起することができる教示にするということを考えました。教示は短くしたいのですが、日本語の会話では省略されがちな「私」や「あなた」を意識的に使っています。「名前は何ですか」と聞くよりも「あなたの名前は何ですか」の方が注意喚起されますよね。


 

-- 簡単だと思われる教示でも、手引書に記載されているセリフは大切なのですね

杉下 MMSE-Jは、医療現場において、心理職ではないOTやST、看護師といった方も実施します。様々な専門的な業務をこなされ、現場では、限られた時間での検査実施となるケースも多々あるでしょうが、検査を実施される際には、施行の留意点や教示の大切さを常に心に留めて検査に臨んでいただきたいと思っています。

-- 教示を軽視しないでいただきたいということですね

杉下 MMSE-Jは受検者(患者)のために行うものです。教示に従って実施をしていないと信頼できる結果も得られません。標準化された信頼性・妥当性のある検査とは、教示や採点の手順がしっかりしているということが大前提なのです。

-- 短い時間でしたがMMSE-Jの「原版との等価性」「施行の留意点」についてお話しいただきありがとうございます。その他、検査の実施に際し、心がけていたいただきたいことなどあればお聞かせください

杉下 記録用紙の最初に記載されている導入のセリフ、「記憶に何か問題がありますか?」「記憶についてお尋ねしてよろしいですか?」ですが、これは原版と同じです。わずか2センテンスの短いセリフですが、ラポール形成やインフォームドコンセントという点で重要ですし、無視せずに心を込めて言っていただきたいと思っております。

-- ありがとうございます。MMSE-Jが認知症の分野で日本だけではなくグローバルな視野をもって利用される検査として普及することを願っております

杉下 守弘 先生

MMSE-J 作成者

文学修士 保健学博士 医学博士

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